【弁済と領収証発行/借用書返還|同時履行・特約での排除・振込明細】

1 弁済時の交付物|受取証書・債権証書
2 銀行振込×受取証書の交付請求権|実情と理論
3 弁済者から請求されなければ『交付義務』はない
4 領収証の交付請求権|任意規定・特約による排除
5 受取証書の交付請求権|特別法→排除できない
6 受取証書交付×弁済→同時履行となる
7 受取証書交付×銀行振込|同時履行性→否定される
8 債権証書返還×弁済→同時履行ではない
9 『受取証書/債権証書』と『弁済』の同時履行の適用|まとめ

1 弁済時の交付物|受取証書・債権証書

貸金の返済の場面での『貸主から借主への交付物』については,民法上,2つのルールがあります。

<弁済時の交付物|受取証書・債権証書>

あ 受取証書の交付

ア 典型例 いわゆる『領収証の発行』
イ 趣旨 返済したことの証拠を残しておく
※民法486条

い 債権証書の交付

ア 典型例 借用書の返還
イ 趣旨 『借用書』が貸主の手元に残っている場合
→『まだ借りている』ような状態になる
=再度返還請求を受けるリスクが残る
※民法487条

借主(返済した者)の立場で考えると,借用書は返して欲しいですし,領収証ももらいたいところです。
民法上は,2つの義務は独立しています。
『どちらか片方の交付で済む』というルールにはなっていません。

2 銀行振込×受取証書の交付請求権|実情と理論

支払を銀行振込で行った場合の『受取証書の交付』について説明します。
まずは物理的な状況から整理します。

<銀行振込×受取証書の交付|実情>

あ 交付ができない

その場で『領収証を交付する』ということができない

い 記録化される

振込の明細書が弁済者の手元に残る
金融機関に照会すれば,送金手続の記録(履歴)が開示される
→記録・証拠としては確保されている

う 記録として不十分

弁済の証拠として不足しているところがある
不足する情報の例;何の代金なのか・代金の一部なのか

このような実情から,理論的な解釈が導かれています。

<銀行振込×受取証書の交付請求権>

銀行振込の場合でも領収証交付請求権は消滅しない
※東京地裁昭和47年9月18日

法律的には原則的に,領収証の『交付義務』があるのです。

3 弁済者から請求されなければ『交付義務』はない

領収証(受取証書)の交付,は,条文上『請求することができる』と規定されています。
『請求されて初めて生じる義務』と考えることができるのです。

4 領収証の交付請求権|任意規定・特約による排除

受取証書の交付請求権の規定は『任意規定』です。
このことについて整理します。

<受取証書の交付請求権|任意規定>

あ 任意規定

受取証書の交付請求権は任意規定である
→特約が優先される

い 発行義務排除特約

当初より『領収証の発行義務はない』と合意しておく
→発行請求権・義務は生じない

う 実務的活用

消費者向けに大量の定型的取引を事業として行う場合
→領収証の発行義務があると,手間・費用的コストが非常に重くなる
→特約を活用することが多い

え 特約利用|典型的取引

インターネット販売・通信販売の取引

お 特約|例

(銀行振込の)振込明細書をもって領収証の発行に代える

5 受取証書の交付請求権|特別法→排除できない

受取証書の交付義務は『特約で排除』ができます(前述)。
これについて,例外もあります。

<受取証書の交付請求権|特別法>

あ 特別法による領収証発行義務

取引・業種によっては,特別法(民法以外)がある
→領収証発行ルールが規定されている場合がある
→強行法規である
=特約で排除できない

い 具体例

司法書士が依頼者から報酬を受領する場合
※司法書士法施行規則29条

6 受取証書交付×弁済→同時履行となる

受取証書の交付は『弁済』のタイミングと関連します。

<受取証書交付×弁済→同時履行となる>

あ 同時履行|判例

受取証書交付と弁済は同時履行の関係にある
※民法533条
※大判昭和16年3月1日

い 具体的対応

『領収証をくれないなら払いません』という抗弁が成り立つ
→遅延損害金・解除権は発生しない
※東京高裁昭和39年3月11日

う 継続的な弁済

次回以降の弁済についても拒絶できる
※東京地裁昭和26年12月13日;賃料について
※民法415条,544条

領収証の交付がないことを理由として代金支払の拒否ができます。
債務不履行には当たらない,ということです。

7 受取証書交付×銀行振込|同時履行性→否定される

受取証書交付と弁済は『同時履行』が適用されます(前述)。
この点,支払が『銀行振込』の場合はストレートに適用できません。

<受取証書交付×銀行振込|同時履行性>

あ 原則

『弁済と同時に受取証書を交付する』ことが不可能
→振込が『先履行』となる

い 継続的弁済

受取証書の発行がない場合
→それ以降の『弁済=銀行送金』は遅滞に陥らない
=振込しなくても遅延損害金・解除権は発生しない
※東京地裁昭和47年9月18日

受取証書の交付がない場合は『次回以降』についてだけ拒否できるのです。

8 債権証書返還×弁済→同時履行ではない

『受取証書交付』と『債権証書返還』の趣旨は似ています(前述)。
しかし『弁済との同時履行』については別の扱いとなります。

<債権証書返還×弁済→同時履行ではない>

あ 同時履行|判例・学説

借用証書返還と弁済は同時履行の関係にはない
※横浜地裁昭和60年5月8日;手形の買戻債務について
※能見善久ほか『論点体系 判例民法4 債権総論』第一法規p426

い 履行の先後関係

ア 弁済=先履行イ 借用証書の返還=後履行

う 具体的対応

『借用書を返してくれないなら払いません』という抗弁は成り立たない
→遅延損害金・解除権が発生する
※民法415条,544条

『借用証書の返還』と弁済は『同時履行』が適用されません。
先と後という関係になります。

9 『受取証書/債権証書』と『弁済』の同時履行の適用|まとめ

同時履行の抗弁の適用の有無>

2つのアクション 同時履行の適用
『領収証の発行』と弁済
『借用証書の返還』と弁済

仮に『貸した人が,借用証書を紛失してしまった』という場合,現実的に借用証書の返還は不可能となります。
この場合でも,領収証の交付は同時履行です。
領収証を受け取っているのだから,証拠としては十分ではないかということになるでしょう。
逆に言えば,『借用証書を紛失してしまった場合に永久に返済されない』ということが回避されているのです。

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