【契約書作成のメリット|『想定外』の結果を防ぐ|契約交渉とマーケットメカニズム】

1 契約書を作れば『言った言わない』『想定外の結果』を防止できる
2 契約書を作っても『想定外』が生じることがある|強行規定
3 適用される法規は『合意内容=権利・義務の変動(法的効果)の組み合わせ』で決まる
4 契約交渉における条項の調整の方向性|契約書案作成・チェック業務
5 取引の条件を決めるのはマーケットメカニズム|神の見えざる手
6 マーケットへの政府の介入|独占禁止法・労働法・借地借家法・結婚制度

1 契約書を作れば『言った言わない』『想定外の結果』を防止できる

事業でも事業ではない個人間でも,取り決め・契約については,『書面にしておく』ことが推奨されます。

<契約内容を書面(契約書)にするメリット>

あ 合意内容の明確化

口頭だけの場合,合意内容が不明確になることがある
『Aという意味で納得した』『Bという意味で納得した』という対立です。

い 合意内容の記録化(証拠化)

口頭で合意した場合,『言った言わないの水掛け論』となるリスクがある

う まとめ

契約・合意は『契約書』にしておくと『合意内容の拘束力がしっかりする』

『合意内容』は明確に記録しておくことは非常にメリットが大きいのです。
民事的な問題では,『合意内容』は尊重されます。
『合意内容』どおりに当事者は拘束されるのです。
『私的自治の原則』や『契約自由の原則』という根幹的ルールです。

<『合意』の尊重|私的自治の原則>

あ 契約自由の原則

『私的自治の原則』の中の1つ

い 契約自由の原則の中身
契約自由の原則の内訳 『自由』の内容
契約締結の自由 契約を締結するかしないか
相手方選択の自由 誰と契約を締結するか
契約内容の自由 どのような内容で合意するか
契約方法の自由(形式の自由) どのような方式で契約を締結するか
う 『契約内容の自由』の内容と例外

ア 契約内容の自由から導かれる結論 合意があれば『法律の規定』よりも優先される
『法律の規定』を排除する合意(条項)のことを『特約』といいます。
イ 契約内容の自由の例外 強行規定については『合意』よりも『法律』が優先される(※1)

例外的な『強行規定』については次に説明します。

2 契約書を作っても『想定外』が生じることがある|強行規定

(1)契約書があるのに『想定外』が生じる場合

契約書を作っても,ストレートに『条項どおりの効力(拘束力)が生じる』とは言えないこともあります。

<契約において『想定外』が生じる場合>

あ 法律が『修正』;強行規定

合意(明記)した内容を否定

い 法律が『補充』;任意規定

合意(明記)してない内容にルールが適用される(補充)

う 『合意』を解釈で補充(法律の適用ではない)

合意内容自体が『意思解釈』で調整される
本来的には『想定外』は生じない

契約の種類・類型によって,民法を始めとして多くのルールが適用されます。
『法律のルール』の働き方は2種類があるのです。

(2)強行規定が『合意』を修正する

<強行規定(修正)の例(上記『あ』)>

あ 借地の期間

借地契約は最低限でも30年
合意内容が『30年未満』でも,効果は『30年』と修正されます。
詳しくはこちら|借地『期間』は30年→20年→10年,旧借地法は異なる

い 利息の上限

100万円以上の貸金の金利は上限が年15%
合意内容が『15%超過』でも,効果は『15%』と修正されます。
※利息制限法1条

(3)強行規定が『条項自体の修正』を強要する

強行規定違反の条項は効力を否定される=無効となる,だけではありません。
条項の使用自体をやめさせられる,ということがあります。
事業者vs消費者という取引が対象となります。

<強行規定×『条項自体の修正』|消費者契約法の差止請求>

条項が消費者契約法に違反する場合
→適格消費者団体が条項の『差止請求』をすることができる
詳しくはこちら|消費者契約法|差止請求|適格消費者団体・公表・提訴前フロー

(4)任意規定が『合意』の隙間を補充する

<任意規定(補充)の例(上記『い』)>

あ 貸金の返還期限

貸金の返還期限を決めていない場合は『催告後数日程度』が期限となる
合意内容が『催告後2か月』であればこのとおりになります。
※民法412条3項

い 貸金の利率

法人同士の貸金で金利を定めていない場合は『年6%』となる
合意内容が『年8%』であればこのとおりになります。
※商法514条

3 適用される法規は『合意内容=権利・義務の変動(法的効果)の組み合わせ』で決まる

(1)当事者の感覚と『適用される契約類型』にブレが生じる

以上の説明のとおり,『契約の種類・類型』によって,適用される法律が決まります。
『売買』『賃貸借』『使用貸借』『消費貸借』など,いろいろな『契約類型』があります。
これを『典型契約』と呼んでいます。
この点,実際には,『どの契約類型に該当するのか』が曖昧なケースが多いです。

<当事者の感覚と適用される『契約類型』のマッチングの例>

あ 『貸金』(消費貸借)or『出資』

《当事者の感覚の例》
ア 『貸金』という趣旨ではないイ 『投資』『出資』としてお金を出した

い 『借地』or『一般の賃貸借』

《当事者の感覚の例》
ア 『借地』とか大げさなことは想定していないイ 『土地利用契約』として土地を貸したウ 『3年限定で小さな建物を建てても良い』と認めただけ

これらは『適用される契約類型が曖昧』な例です。
結論としては,他の具体的事情から『契約類型』を判断します。
その判断の方法を次に説明します。

(2)適用される『契約類型』の判断方法

<『契約類型』の判断方法>

権利・義務の変動に関する当事者の合意内容 直接の判断要素となる
契約の『種類』の合意 参考にしかならない
契約書の『タイトル』 参考にしかならない

直接『契約類型』が決まる要素は『個々の合意内容が,法律上のどの契約類型に合致(マッチ)するか』ということなのです。
これを別の角度=『訴訟法』の理論からまとめます。

(3)『契約類型の判断』を訴訟法から考える

<『契約類型の選択(判断)』を訴訟法から分析>

権限の分配 当事者の権限(私的自治) 裁判所の専権(法の支配)
内容 合意内容=要件・効果の組み合わせ(※2) それに適用される法律(条文)

(4)『適用される契約類型(条文)』のコントロール方法

<当事者が『適用される条文』をコントロールする方法(上記※2)>

あ 具体例(極端な例)

『民法m条〜n条の規定(A契約の条文)は適用するものとする』という『合意内容』にする

『別の契約類型(A契約)』の条文を適用できる
=当事者が『適用される条文』をコントロールできる

い 注意

ア 強行規定に反すると無効となるイ 『A契約類型』の要件・効果が多い→『A契約』と認定される,という可能性もある

以上は純粋な『法解釈』の説明でした。
これを踏まえて実際の契約交渉・締結の段階で『活用』することについての説明に入ります。

4 契約交渉における条項の調整の方向性|契約書案作成・チェック業務

主にビジネス上の『取引』について,個別的な条件を交渉します。
具体的には,『契約書(案)の条項』として,相互に提案する,ということになります。
せっかく合意内容を明確化・特定するところですので,『想定外』が生じないようにケアすることが有用です。
これらは当事者の考慮事項であるとともに,契約書作成・契約書チェックの依頼を受けた弁護士の業務でもあります。

(1)契約書作成時の考慮ポイント

<契約書作成時の考慮ポイント=『想定外』のモト>

あ 強行規定に反する条項は無効となる
い 条項で触れていない事項は法律上のルール(任意規定)が適用される
う 条項があいまいだと,『第三者の解釈』が適用される

紛争となり,訴訟で裁判所が解釈・判断する,という意味です。
当事者が想定したことと,『適用される内容』が違うリスクがあるのです。

契約書の条項作成における具体的なチェックポイントをまとめます。

(2)契約書の条項の種類による特定

<契約書案の条項の種類別特性>

条項(明文化する事項) 自分が有利になる程度 相手が取引するかどうかへの影響
自分に有利な事項 ブレーキ
双方が納得している+自分に有利な事項 影響なし
双方が納得している+自分に不利な事項 影響なし
双方が『想定していない』事項 (※3)
無効となる+自分に有利な事項(※4) なし ブレーキ
無効となる+相手に有利な事項 なし アクセル

(3)双方が『想定していない事項』を明確化→紛争リスク軽減(上記※3)

当事者の両方ともが『想定していない事項』を条項として定めることも検討すると良いです。
条項の内容によって,当事者それぞれが『不利』や『有利』と感じることもありましょう。
『新たな対立点=協議事項が増えてしまう』とも言えます。
しかし次のような『紛争発生』を避ける,という意味では,双方に有利,とも言えます。

<条項化されていないことによる紛争発生リスク>

解釈が分かれる
→紛争発生(トラブル)
→解決のために一定の手続が必要になる
→経済的・時間的・精神的コスト発生
※このリスク・コストは当事者『両方』が負います。

(4)『無効となる条項』は『心理的効果』として働く(上記※4)

『無効となる事項』とは,公序良俗やその他の強行規定に反する条項です。
なお,現実には『無効となる可能性が高い』という程度であるものが多いです。

<『無効となる条項』の『心理的効果』の側面>

あ 法的(理論的)に無効である
い 交渉相手の『取引への態度』に影響が生じる

相手の理解・思想によっては次のような影響が生じます。
ア 積極的(成約にアクセル)イ 消極的(成約にブレーキ)

言わば,『無意味なアクセル』『無意味なブレーキ』というものです。
これをうまく活用して『実害のない譲歩→実害なく成約可能性アップ』という作戦もあり得ます。

5 取引の条件を決めるのはマーケットメカニズム|神の見えざる手

(1)マーケットメカニズム→最適化|神の見えざる手

契約締結交渉では『自分の不利を避けて有利な条件を提案』すれば良い,というわけではありません。

<契約締結交渉におけるトレードオフ>

『自分に有利な内容(提案)』→『取引が成立しないリスク』

この背後には『商品(サービス)のマーケット』による『マーケットメカニズム』が存在します。
このメカニズムを『神の見えざる手』と称した方も居ました(アダム・スミス 国富論 第4編第2章)。
ちなみに,商品・サービス市場だけではなく,労働市場,恋愛市場のいずれでも同様です。
要するに『市場内の他の代替選択肢(取引先)との比較』という要素が常に存在するということです。

法律(=政策の実行)が『マーケット』に影響を与える
『マーケットにおける選択・判断の1要素』に過ぎない
cf取引成立後の相互の『拘束』については法解釈が前面に出てくる

(2)契約内容(条項)の『有利/不利』は相対的

契約書の個々の条項なり,契約全体で『不当に有利/不利』ということは言えません。
契約締結交渉,契約書作成・チェック業務でよくある誤解をまとめます。

<契約書作成・チェック業務において誤解が多い事項>

あ 法律の規定(任意規定)との比較

ア 民法の標準的ルールよりも不利な条項だから拒否した方が良いイ そのまま応じてしまうのは間違っている

い 比較対照のない『比較』

ア 一定の条件下でとても不利になるから拒否した方が良いイ この契約内容全般『相手が有利過ぎる』→拒否した方が良い

う 比較対象が『別マーケット』『別の時期』

内容は『い』と同じ

<契約締結交渉における契約内容の正しい判断>

あ マーケット内で相対的

契約条項・契約全体だけでは『妥当/不当』について『一概には言えない』
『正しい/誤っている』という問題ではない

い マーケット内で『偏り』があれば適正化される

継続的なマーケットの取引全体でみると,『偏っている取引』は『適正化』されます。
『有利に偏っている』側の競合の新規参入→競争にさらされる
→均衡点(需要-供給カーブの交点)に向かう(圧力が生じる)

う 見かけの『偏り』に注意

『有利(偏っている)にみえる状態が長期間継続』という場合
→気付かない参入障壁(苦労・コスト)があると想定される
※『参入障壁』の1つとして『法律の規制』もあります。
参考;法律のグレーゾーン→大手が参入を回避→スタートアップ(ベンチャー)の聖域

(3)マーケットメカニズム稼働の前提条件|完全市場的

以上の説明のように,実際のマーケットにおける取引では,『マーケットメカニズム』が『適正化』を実現しています。
ただし,重要な前提があり,逆に言えば,このメカニズムが効かない例外があるのです。

<マーケットメカニズムによる最適化の前提と例外>

あ マーケットメカニズムの前提

・完全競争的
・市場独占がない

い 例外=前提が欠けた状態

・独占市場(寡占)

『例外』の場合は,マーケットメカニズムが働かず,『最適化』が実現しません。
これに対しては,政府が介入的に『是正』する役割を負っています。

詳しくはこちら|マーケットの既得権者が全体最適妨害|元祖ラッダイト→ネオ・ラッダイト

6 マーケットへの政府の介入|独占禁止法・労働法・借地借家法・結婚制度

マーケットへ介入する法律はいろいろあります。

<マーケットメカニズムへの政府の介入>

あ 『独占』一般への規制

独占禁止法
公正取引委員会が取り締まり等の主な運用を行ないます。

い ドメイン別の『構造的強弱』の是正

ア 労働法 詳しくはこちら|解雇権濫用の法理;まとめ
イ 借地借家法 詳しくはこちら|建物所有目的の土地賃貸借は『借地』として借地借家法が適用される
詳しくはこちら|建物賃貸借には『借家』となるが例外もある
ウ 下請法・建設業法 詳しくはこちら|下請契約は細かい規制がある;下請法
詳しくはこちら|建設業における下請契約の規制のまとめ;建設業法
エ 結婚制度(民法732条) 《歴史的・文化的背景》
男女相互に『異性を独占する』=同性間の不均衡,という傾向が生じる
同性間の不均衡を回避する
詳しくはこちら|既婚を隠した交際・恋愛は慰謝料が認められやすい|恋愛市場の公正取引

以上のような政府・法律によるマーケットへの介入は,プラスの効果がある一方で問題も抱えます。
時代の変化・マーケットの変化による『修正』が自動的には稼働しません。
法改正という人為的なメンテナンスが必要なのです。
逆に言えば,メンテ不足→時代に合わないルールが社会の動きにブレーキ,ということも指摘できます。

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