【大学の入学金,授業料の返還請求のまとめ】

1 大学に通学,在学することは大学,学生間の『在学契約』となる
2 在学契約の成立時期は,入学金納付を含む入学手続完了時となる
3 在学契約は学生からの解除は自由,大学からの一方的解除はできない
4 在学契約が解除された場合,大学は入学金以外を返還する義務がある
5 要項等で返金しない規定があっても無効となることもある
6 授業料,諸経費の返金不要の合意は『平均的な損害』超過部分が無効とされる

1 大学に通学,在学することは大学,学生間の『在学契約』となる

大学と入学予定者,入学後の学生との間で,入学金授業料の返還請求が問題となることがあります。
このような問題を法的に適用を判断する上で,法律的な契約形態,契約成立時期,などの分析が前提問題となります。
以下,順に説明します。

大学に入学し,通学している状態を法的に分析すると,次のような「在学契約」となります。

<在学契約の性質>

あ 分類

有償双務契約としての性質を有する私法上の無名契約

い 中核的な内容

ア 大学の義務 ・教育役務=学生に対して,講義,実習,実験等の教育活動を実施する義務
・教育施設等を利用させる義務
イ 学生の義務 大学に対して,対価を支払う義務
※最高裁平成18年11月27日;判例1

2 在学契約の成立時期は,入学金納付を含む入学手続完了時となる

在学契約の成立の過程は次のように解釈されています。

<在学契約成立時期>

あ 前提;典型的な募集要項における入学手続

・入学金と授業料等の諸費用とで異なる納付期限が設定されている
・先に入学金を納付し,その後の一定期限までに残余の費用を納付する
・これによって入学できる状態となる

い 契約成立に関する解釈
↓過程 法的解釈
入学金を納付+入学手続の一部を行った時点 在学契約の予約成立
残余の手続を所定の期間内に完了した時点 在学契約成立

※最高裁平成18年11月27日;判例2

なお,予約成立後,入学予定者が入学手続を完了しない場合,予約は効力を失います。

3 在学契約は学生からの解除は自由,大学からの一方的解除はできない

在学契約の成立後は,契約としての拘束力が問題になります。
逆に契約の解除ができるかということになります。
次にまとめます。

<在学契約の解除の可否>

あ 学生からの解除

原則として,いつでも任意に在学契約またはその予約を将来に向かって解除することができる

い 大学からの解除

正当な理由なく一方的に解除することはできない
※最高裁平成18年11月27日;判例3

<具体的な,学生からの解除の方式の例>

あ 入学辞退の申出

口頭での意思表示も含みます。

い 入学式の無断欠席

前提として,要項等において次のような規定があることが必要です。
このような規定がある場合,入学式の無断欠席=黙示の解除の意思表示,として扱われます。

<入学式欠席を在学契約解除とみなす規定の例>

『入学式を無断欠席した場合には入学を辞退したものとみなす』
『入学式を無断欠席した場合は入学を取り消す』

4 在学契約が解除された場合,大学は入学金以外を返還する義務がある

入学より前に,入学を辞退した場合の,納付済みの金銭の返還請求について説明します。
以上の在学契約の解釈を前提にすると,在学契約の解除ということになります。
そして,納付済みの金銭の性格を考慮し,返還義務の有無を判断します。
これをまとめます。

<入学前の在学契約解除における返還義務の有無>

あ 入学金

原則的に返還義務なし
これは,『大学に入学できる地位』を取得する対価とされます。
言い換えると『キープする対価』です。
金銭に対応する対価があり,これを取得したことになります。
そこで原則的に大学は返還義務を負いません。
ただし,不相当に高額であるなど,特殊な事情がある場合は別です。

い 授業料,実験実習費,施設設備費,教育充実費等(授業料等)

原則的に,入学(4月1日)前に解除された場合は返還義務あり
入学後であっても,在学契約に基づく給付が提供されていない部分に対応する金額は返還義務あり

う 学生自治会費,同窓会費,父母会費,傷害保険料等の諸会費(諸会費)

授業料等(『い』)と同じ
※最高裁平成18年11月27日;判例4

5 要項等で返金しない規定があっても無効となることもある

通常,募集要項などにおいて,納付済みの金銭について返金しないということが明記されています。
このような記載は無条件に有効というわけではありません。
内容によっては無効となります(最高裁平成18年11月27日;判例5)。
次にまとめます。

(1)入学金に関する部分は有効=返還義務なし

上記『4』のとおり,元々入学金は,在学契約解除に至った場合でも返還義務はありません。
要項にある同じ内容の記載は注意的に定めたものという扱いになります。

(2)授業料,諸会費に関する部分は有効性が制限される

授業料,諸会費については,法的解釈からは返還義務ありとされます(上記『4』)。
ここで,法的解釈と合意が違う場合は,合意が優先となるのが原則です。
私的自治の原則というルールです。
契約解除時に納付済みの金銭を返金しないという合意をすることは多いです。
この合意は,在学契約の解除に伴う損害賠償額の予定または違約金の定めの性質に該当します。

ここで損害賠償額の予定違約金の定めについては,一定の制限があります。
私的自治の原則には例外,修正が多いのです。
次に説明します。

6 授業料,諸経費の返金不要の合意は『平均的な損害』超過部分が無効とされる

大学と入学(候補)者の関係は,事業者消費者に該当します。
そのため,消費者契約法が適用されます。
結果的に,損害賠償額の予定違約金の定めについては『平均的な損害』を超える部分が無効となります(消費者契約法消費者契約法9条1号)。
『平均的な損害』について,判例における解釈を説明します。

<判例>

最高裁平成18年11月27日;判例6
最高裁平成22年3月30日;判例7

(1)『平均的な損害』の意味

在学契約の解除における『平均的な損害』については,次のように解釈されます。

<在学契約解除における『平均的な損害』の内容>

在学契約が解除されることによって大学に一般的,客観的に生ずると認められる損害

<『損害発生時点』前の時期における解除における『平均的な損害』>

『平均的な損害』=ゼロ
(=全額返還が必要)
大学にとってはこのような解除が発生することを合格者を決定するにあたって織り込み済みである

なお,『損害発生時点』は,判例上は次のように表現されています。
『学生が入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測される時点』
これは長い文字列なので,同じ趣旨の用語『損害発生時点』を用います。

(2)『損害発生時点』は原則として4月1日となる

あ 原則

『損害発生時点』=4月1日
大学の入学年度が始まり,在学契約を締結した者が学生としての身分を取得する時点です。
これを前提とすると,3月31日までに解除の意思表示がなされれば,平均的損害=ゼロ,となります。
結果的に「授業料,諸経費を返金しない」合意は全部無効となります。

い 入学式の無断欠席=入学辞退という条項がある場合

<無断欠席→入学辞退条項がある場合の『損害発生時点』>

『損害発生時点』=入学式の日
※最高裁平成18年11月27日;判例8

入学式に欠席することにより契約解除の意思表示に代える,ということが想定されています。
入学式の日までの間に辞退される契約解除がなされることは想定内,ということです。
予測の範囲内である限りは想定外の損害が生じない,ということが前提となっています。

う 専願または入学の確約が出願資格とされた推薦入学の場合

<専願or入学確約が出願資格という場合の『損害発生時点』>

入学手続完了時点
※最高裁平成18年11月27日;判例9

在学契約を締結した時点で学生が入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測されます。
要するに,確実に入学する,ということが想定される,ということです。
在学契約が解除された場合,大学には,初年度に納付される予定の授業料,諸会費相当額の損害が生じます。
入学手続完了時点よりも後に解除された場合は,納付済全額=『平均的損害』となります。
つまり返金しないという合意は全面的に有効→返還義務なし,ということです。

条文

[消費者契約法]
(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
第九条  次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一  当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
二(略)

判例・参考情報

(判例1)
[平成18年11月27日 最高裁第二小法廷 平17(受)1158号 不当利得返還請求事件]
大学(短期大学を含む。以下同じ。)は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させること等を目的とする(学校教育法52条、69条の2第1項)ものであり、大学を設置運営する学校法人等(以下においては、大学を設置運営する学校法人等も「大学」ということがある。)と当該大学の学生(以下においては、在学契約又はその予約を締結したがいまだ入学していない入学試験合格者を含めて「学生」ということがある。)との間に締結される在学契約は、大学が学生に対して、講義、実習及び実験等の教育活動を実施するという方法で、上記の目的にかなった教育役務を提供するとともに、これに必要な教育施設等を利用させる義務を負い、他方、学生が大学に対して、これらに対する対価を支払う義務を負うことを中核的な要素とするものである。また、上記の教育役務の提供等は、各大学の教育理念や教育方針の下に、その人的物的教育設備を用いて、学生との信頼関係を基礎として継続的、集団的に行なわれるものであって、在学契約は、学生が、部分社会を形成する組織体である大学の構成員としての学生の身分、地位を取得、保持し、大学の包括的な指導、規律に服するという要素も有している。このように、在学契約は、複合的な要素を有するものである上、上記大学の目的や大学の公共性(教育基本法6条1項)等から、教育法規や教育の理念によって規律されることが予定されており、取引法の原理にはなじまない側面も少なからず有している。以上の点にかんがみると、在学契約は、有償双務契約としての性質を有する私法上の無名契約と解するのが相当である。

(判例2;判例1の別の箇所)
[平成18年11月27日 最高裁第二小法廷 平17(受)1158号 不当利得返還請求事件]
大学は、一般に、学則や入学試験要項、入学手続要項等(以下、入学試験要項や入学手続要項等を併せて「要項等」と総称する。)において、当該大学の入学試験の合格者について、入学に先立ち、入学金(入学料)、授業料等の諸費用(これらを併せて「学生納付金」、「入学時納入金」、「校納金」等の名称が付されていることがある。以下においては「学生納付金」という。)の納付や必要書類の提出などの入学手続を行う期間を定めており、この期間内に所定の入学手続を完了しなかった者の入学を認めないものとする一方、上記入学手続を行った者については、入学予定者として取り扱い、当該大学の学生として受け入れる準備を行っているものであるから、特段の事情のない限り、学生が要項等に定める入学手続の期間内に学生納付金の納付を含む入学手続を完了することによって、両者の間に在学契約が成立するものと解するのが相当である。なお、要項等において、入学金とそれ以外の学生納付金とで異なる納付期限を設定し、入学金を納付することによって、その後一定期限までに残余の学生納付金を納付して在学契約を成立させることのできる地位を与えている場合には、その定めに従って入学金を納付し、入学手続の一部を行った時点で在学契約の予約が成立する一方、残余の手続を所定の期間内に完了した時点で在学契約が成立し、これを完了しなかった場合には上記予約は効力を失うものと解するのが相当である。もっとも、入学手続を完了して在学契約を締結した者が当該大学の学生の身分を取得するのは、当該大学が定める入学時期すなわち通常は入学年度の4月1日であり、大学によって教育役務の提供等が行われるのも同日以降であるから、双務契約としての在学契約における対価関係は、同日以降に発生することになる。

(判例3;判例1の別の箇所)
[平成18年11月27日 最高裁第二小法廷 平17(受)1158号 不当利得返還請求事件]
(ア) 教育を受ける権利を保障している憲法26条1項の趣旨や教育の理念にかんがみると、大学との間で在学契約等を締結した学生が、当該大学において教育を受けるかどうかについては、当該学生の意思が最大限尊重されるべきであるから、学生は、原則として、いつでも任意に在学契約等を将来に向かって解除することができる一方、大学が正当な理由なく在学契約等を一方的に解除することは許されないものと解するのが相当である。なお、学校教育法施行規則67条は、学生の退学は、教授会の議を経て学長が定める旨規定し、各大学の学則において、学生の側からの退学(在学契約の解除)について学長等の許可を得ることなどと定めている場合があるが、上記説示に照らすと、これらの定めをもって、学生による在学解約の解除権の行使を制約し、あるいは在学契約の解除の効力を妨げる趣旨のものと解すべきものではない。
   (イ) 入学手続を完了して大学と在学契約を締結した学生が、併願受験して合格した他大学に入学する意思を固めたことやその他の理由で、先に在学契約を締結した大学に入学する意思を失い、入学辞退を申し出ることは、在学契約の解除の意思表示と評価することができる。
   (ウ) 入学辞退(在学契約の解除)は、その学生の身分、地位に重大な影響が生ずるものであり、また、大学は多数の学生に係る事務手続を取り扱っているから、個別の学生の入学辞退の意思は、書面等によりできるだけ明確かつ画一的な方法によって確認できることが望ましいといえるけれども、入学辞退の方式を定めた法令はなく、入学辞退の申出が当該学生本人の確定的な意思に基づくものであることが表示されている以上は、口頭によるものであっても、原則として有効な在学契約の解除の意思表示と認めるのが相当である。そして、上記のとおり、学生は原則としていつでも任意に在学契約を解除することができることにかんがみると、要項等において、所定の期限までに書面で入学辞退を申し出たときは入学金以外の学生納付金を返還する旨を定めている場合や、入学辞退をするときは書面で申し出る旨を定めている場合であっても、これらの定めが、書面によらなければ在学契約解除の効力が生じないとする趣旨のものであると解することはできない。
 なお、要項等に、「入学式を無断欠席した場合には入学を辞退したものとみなす」、あるいは「入学式を無断欠席した場合には入学を取り消す」というような記載がある場合には、学生が入学式を無断で欠席することは、特段の事情のない限り、黙示の在学契約解除の意思表示をしたものと解するのが相当である。
   
(判例4;判例1の別の箇所)
[平成18年11月27日 最高裁第二小法廷 平17(受)1158号 不当利得返還請求事件]
入学金は、その額が不相当に高額であるなど他の性質を有するものと認められる特段の事情のない限り、学生が当該大学に入学し得る地位を取得するための対価としての性質を有するものであり、当該大学が合格した者を学生として受け入れるための事務手続等に要する費用にも充てられることが予定されているものというべきである。そして、在学契約等を締結するに当たってそのような入学金の納付を義務付けていることが公序良俗に反するということはできない。
(略)
在学契約は、解除により将来に向かってその効力を失うから、少なくとも学生が大学に入学する日(通常は入学年度の4月1日)よりも前に在学契約が解除される場合には、学生は当該大学の学生としての身分を取得することも、当該大学から教育役務の提供等を受ける機会もないのであるから、特約のない限り、在学契約に基づく給付の対価としての授業料等を大学が取得する根拠を欠くことになり、大学は学生にこれを返還する義務を負うものというべきであるし、同日よりも後に在学契約が解除された場合であっても、前納された授業料等に対応する学期又は学年の中途で在学契約が解除されたものであるときは、いまだ大学が在学契約に基づく給付を提供していない部分に対応する授業料等については、大学が当然にこれを取得し得るものではないというべきである。また、諸会費等についても、一般に前示のような費用として大学に納付されるものであって、在学契約の締結に当たって授業料等と併せて納付すべきものとされていることに照らすと、在学契約が解除されて将来に向かって効力を失った場合、原則として、その返還に関して授業料等と別異に解すべき理由はなく、諸会費等の中には大学が別個の団体に交付すべきものが含まれているとしても、それだけでは大学には利得がないとして大学がその返還義務を免れる理由にはならないというべきである。これに対して、学生が大学に入学し得る地位を取得する対価の性質を有する入学金については、その納付をもって学生は上記地位を取得するものであるから、その後に在学契約等が解除され、あるいは失効しても、大学はその返還義務を負う理由はないというべきである。

(判例5;判例1の別の箇所)
[平成18年11月27日 最高裁第二小法廷 平17(受)1158号 不当利得返還請求事件]
(ア) ところで、一般に、大学は、要項等において、「いったん納付された学生納付金は理由のいかんを問わず返還しない」、あるいは「所定の期限までに入学辞退を申し出た場合に限り、入学金以外の学生納付金を返還する」などと定めており、この場合、学生納付金を納付して特定の大学と在学契約等を締結した学生は、特段の事情のない限り、これらの定めを理解、認識した上で学生納付金を納付したものと認められるから、当該学生と当該大学との間では、在学契約等に関し、上記定めに従った特約(以下「不返還特約」という。)が成立したものと認められる。
   (イ) 上記のとおり、入学金については、その納付後に在学契約等が解除され、あるいは失効しても、その性質上大学はその返還義務を負うものではないから、不返還特約のうち入学金に関する部分は注意的な定めにすぎない。
   (ウ) 一方、不返還特約のうち授業料等に関する部分は、在学契約が解除された場合に本来は大学が学生に返還すべき授業料等に相当する額の金員を大学が取得することを定めた合意である。そして、前記のような我が国における大学の入学試験及び受験者の大学選択の実情の下では、入学試験に合格した者が在学契約等を締結しても、実際に当該大学に入学するかどうかは多分に不確実なものであるが、私立大学においては、学生から納付を受ける授業料等がその支出を賄う主要な財源であって、もう一つの重要な財源である国庫補助金も、在学者数や入学者数が収容定員や入学定員を大きく超過し又は大きく下回る場合には、減額されたり支給を受けられなくなったりする(私立学校振興助成法5条2号、3号、6条、日本私立学校振興・共済事業団が定める「私立大学等経常費補助金取扱要領」等)上、大学は、その設置運営について法令の規制及び所轄庁による監督を受け、学則に定める収容定員等に応じて大学設置基準(短期大学においては短期大学設置基準)所定の人的物的教育設備を整える義務を負っており(学校教育法3条、学校教育法施行規則66条)、入学者数が減少したからといって経費を削減することは容易ではない。しかも、大学が新入生を募集する時期は限られており、その時期を過ぎてから新入生を追加入学させることは困難であるし、大学における修業年限は、相当長期間(通常4年又は6年。短期大学においては2年又は3年。)に及ぶ(学校教育法55条、69条の2第2項)ので、修業年限の途中からの中途入学者(いわゆる学士入学を含む編入学によって入学する者)を受け入れることも必ずしも容易とはいえない。また、入学者数の確保を図ろうとするあまり、入学辞退者が多数出ることを予想して学力水準の低い者の入学を許すことになれば、当該大学における教育研究や当該大学に対する社会的な評価の面で支障や不利益が生ずるおそれもある。これらの事情を考慮すると、不返還特約は、入学辞退(在学契約の解除)によって大学が被る可能性のある授業料等の収入の逸失その他有形、無形の損失や不利益等を回避、てん補する目的、意義を有するほか、早期に学力水準の高い学生をもって適正な数の入学予定者を確保するという目的に資する側面も有するものといえる。
 以上によれば、不返還特約のうち授業料等に関する部分は、在学契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の定めの性質を有するものと解するのが相当である。この点は、不返還特約のうち諸会費等に関する部分についても、基本的に妥当するものと解される。
 したがって、不返還特約(授業料等及び諸会費等に関する部分。以下同じ。)が有効と認められる以上は、大学は授業料等及び諸会費等の返還義務を負わないというべきである。

(判例6;判例1の別の箇所)
[平成18年11月27日 最高裁第二小法廷 平17(受)1158号 不当利得返還請求事件]
消費者契約法は、同法2条1項に定める消費者と同条2項に定める事業者との間で締結される契約を消費者契約として、包括的に同法の適用対象としており(同条3項)、営利目的、非営利目的を問わず、公法人や公益法人を含むすべての法人が上記の事業者としての「法人」(同条2項)に該当するものと解されるから、在学契約の当事者である学生及び大学(学校法人等)は、それぞれ上記の消費者及び事業者に当たる。したがって、同法施行後に締結された在学契約等は、同条3項所定の消費者契約に該当することが明らかであり、このことは、在学契約が前記のように取引法の原理にはなじまない側面を有していることによって左右されるものではないというべきである。
 そうすると、消費者契約に該当する在学契約に係る不返還特約は、違約金等条項に当たるというべきである。
(略)
(ア) 消費者契約法9条1号の規定により、違約金等条項は、「当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害」(以下「平均的な損害」という。)を超える部分が無効とされるところ、在学契約の解除に伴い大学に生ずべき平均的な損害は、一人の学生と大学との在学契約が解除されることによって当該大学に一般的、客観的に生ずると認められる損害をいうものと解するのが相当である。そして、上記平均的な損害及びこれを超える部分については、事実上の推定が働く余地があるとしても、基本的には、違約金等条項である不返還特約の全部又は一部が平均的な損害を超えて無効であると主張する学生において主張立証責任を負うものと解すべきである。
   (イ) ところで、前記のとおり、学生の大学選択に関する自由な意思決定は十分に尊重されなければならず、大学の入学試験に合格した者が常に当該大学と在学契約等を締結するとは限らないし、在学契約等を締結した学生が実際に当該大学に入学するかどうかも多分に不確実なものである。そこで、一般に、各大学においては、入学試験に合格しても入学手続を行わない者や入学手続を行って在学契約等を締結した後にこれを解除しあるいは失効させる者が相当数存在することをあらかじめ見込んで、合格者を決定し、予算の策定作業を行って人的物的教育設備を整えている。また、各大学においては、同一学部、同一学科の入学試験を複数回実施したり、入学者の選抜方法を多様化したりするなどして、入学者の数及び質の確保を図ることに努め、あるいは、補欠合格(追加合格)等によって入学者を補充するなどの措置を講じている。このような実情の下においては、一人の学生が特定の大学と在学契約を締結した後に当該在学契約を解除した場合、その解除が当該大学が合格者を決定するに当たって織り込み済みのものであれば、原則として、その解除によって当該大学に損害が生じたということはできないものというべきである。なお、一人の学生の在学契約の解除に伴い、大学においては、当該学生の受入れのために要した費用が無駄になったり、事務手続をやり直すための費用を要したりすることもあるが、これらは入学金によって賄われているものということができる。
 したがって、当該大学が合格者を決定するに当たって織り込み済みのものと解される在学契約の解除、すなわち、学生が当該大学に入学する(学生として当該大学の教育を受ける)ことが客観的にも高い蓋然性をもって予測される時点よりも前の時期における解除については、原則として、当該大学に生ずべき平均的な損害は存しないものというべきであり、学生の納付した授業料等及び諸会費等は、原則として、その全額が当該大学に生ずべき平均的な損害を超えるものといわなければならない。
 これに対し、学生による在学契約の解除が、上記時点以後のものであれば、そのような時期における在学契約の解除は、当該大学が入学者を決定するに当たって織り込み済みのものということはできない。そして、大学の予算は年度単位で策定されていて(私立学校法48条等)、当該年度の予算上の支出計画を変更するなどして人的物的教育設備を縮小したり、支出すべき費用を減少させたりすることは困難であること、一般に在学契約に基づく大学の学生に対する給付も1年を単位として準備されていることなどに照らすと、当該大学は、原則として、上記解除により、学生が当該年度に納付すべき授業料等及び諸会費等(ただし、在学契約に基づき大学が給付を提供した部分があるときは、これに対応する分を除く。)に相当する損害を被るものというべきであり、これが上記時期における在学契約の解除に伴い当該大学に生ずべき平均的な損害ということができる。したがって、上記時期に在学契約を解除した学生の納付した初年度に納付すべき授業料等及び諸会費等については、原則として、当該大学に生ずべき平均的な損害を超える部分は存しないものというべきである。
   (ウ) そして、国立大学及び公立大学の後期日程入学試験の合格者の発表が例年3月24日ころまでに行われており、そのころまでには私立大学の正規合格者の発表もほぼ終了していること、補欠合格者の発表もほとんどが3月下旬までに行われているという実情の下においては、大多数の入学試験の受験者においては、3月下旬までに進路が決定し、あるいは進路を決定することが可能な状況にあって、入学しないこととした大学に係る在学契約については、3月中に解除の意思表示をし得る状況にあること、4月1日には大学の入学年度が始まり、在学契約を締結した者は学生としての身分を取得することからすると、一般に、4月1日には、学生が特定の大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測されるものというべきである。そうすると、在学契約の解除の意思表示がその前日である3月31日までにされた場合には、原則として、大学に生ずべき平均的な損害は存しないものであって、不返還特約はすべて無効となり、在学契約の解除の意思表示が同日よりも後にされた場合には、原則として、学生が納付した授業料等及び諸会費等は、それが初年度に納付すべき範囲内のものにとどまる限り、大学に生ずべき平均的な損害を超えず、不返還特約はすべて有効となるというべきである。

(判例7)
[平成22年 3月30日 最高裁第三小法廷 平21(受)1232号 学納金返還請求事件]
前記事実関係によれば,被上告人は,上告人大学の平成18年度の推薦入学試験に合格し,本件授業料等を納付して上告人大学との間で本件在学契約を締結したが,入学年度開始後である平成18年4月5日に本件在学契約を解除する旨の意思表示をしたものであるところ,学生募集要項の上記の記載は,一般入学試験等の補欠者とされた者について4月7日までにその合否が決定することを述べたにすぎず,推薦入学試験の合格者として在学契約を締結し学生としての身分を取得した者について,その最終的な入学意思の確認を4月7日まで留保する趣旨のものとは解されない。また,現在の大学入試の実情の下では,大多数の大学において,3月中には正規合格者の合格発表が行われ,補欠合格者の発表もおおむね終了して,学生の多くは自己の進路を既に決定しているのが通常であり,4月1日以降に在学契約が解除された場合,その後に補欠合格者を決定して入学者を補充しようとしても,学力水準を維持しつつ入学定員を確保することは容易でないことは明らかである。これらの事情に照らせば,上告人大学の学生募集要項に上記の記載があり,上告人大学では4月1日以降にも補欠合格者を決定することがあったからといって,上告人大学において同日以降に在学契約が解除されることを織り込み済みであるということはできない。そして,専願等を資格要件としない推薦入学試験の合格者について特に,一般入学試験等の合格者と異なり4月1日以降に在学契約が解除されることを当該大学において織り込み済みであると解すべき理由はない。
 したがって,被上告人が納付した本件授業料等が初年度に納付すべき範囲を超えているというような事情はうかがわれない以上,本件授業料等は,本件在学契約の解除に伴い上告人大学に生ずべき平均的な損害を超えるものではなく,上記解除との関係では本件不返還特約はすべて有効というべきである。

(判例8;判例1の別の箇所)
[平成18年11月27日 最高裁第二小法廷 平17(受)1437号 学納金返還請求事件] 
要項等に、「入学式を無断欠席した場合には入学を辞退したものとみなす」、「入学式を無断欠席した場合には入学を取り消す」などと記載されている場合には、当該大学は、学生の入学の意思の有無を入学式の出欠により最終的に確認し、入学式を無断で欠席した学生については入学しなかったものとして取り扱うこととしており、学生もこのような前提の下に行動しているものということができるから、入学式の日までに在学契約が解除されることや、入学式を無断で欠席することにより学生によって在学契約が黙示に解除されることがあることは、当該大学の予測の範囲内であり、入学式の日の翌日に、学生が当該大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測されることになるものというべきであるから、入学式の日までに学生が明示又は黙示に在学契約を解除しても、原則として、当該大学に生ずべき平均的な損害は存しないものというべきである。

(判例9;判例1の別の箇所)
[平成18年11月27日 最高裁第二小法廷 平17(受)1158号 不当利得返還請求事件]
入学試験要項の定めにより、その大学、学部を専願あるいは第1志望とすること、又は入学することを確約することができることが出願資格とされている推薦入学試験(これに類する入学試験を含む。)に合格して当該大学と在学契約を締結した学生については、上記出願資格の存在及び内容を理解、認識した上で、当該入学試験を受験し、在学契約を締結したものであること、これによって、他の多くの受験者よりも一般に早期に有利な条件で当該大学に入学できる地位を確保していることに照らすと、学生が在学契約を締結した時点で当該大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測されるものというべきであるから、当該在学契約が解除された場合には、その時期が当該大学において当該解除を前提として他の入学試験等によって代わりの入学者を通常容易に確保することができる時期を経過していないなどの特段の事情がない限り、当該大学には当該解除に伴い初年度に納付すべき授業料等及び諸会費等に相当する平均的な損害が生ずるものというべきである。

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