【差引納付の申出|債権者が落札した→代金納付は『差額』で良い】

1 債権者自身の入札では差額のみの納付ができる;差引納付
2 差引納付の申出ができる者は配当を受ける者
3 仮差押債権者など供託がなされる予定の者は差引納付を利用できない
4 物上保証人剰余金受領者は,差引納付を利用できない
5 配当異議がなされると差引納付はできなくなる
6 配当異議差引納付ができない,という場合,1週間で資金調達が必要となる

1 債権者自身の入札では差額のみの納付ができる;差引納付

<発想>

貸金の回収のため,競売を申し立てた
当社自身で入札したいと思っている
落札した場合,代金の大部分は配当として戻ってくる予定である
入札金額と配当額を相殺できないのか

(1)代金納付配当までのタイムラグがあるので,つなぎ融資が必要

差し押さえた債権者自身が入札して,対象不動産を取得したい,というニーズはあります。
この場合,結果的に配当として代金(の一部)が戻ってくることになります。
それなのに,代金全額を納付すると,配当までの約1か月程度の間,つなぎ資金が必要となります。

(2)競売でも担保権同時設定=融資が可能となっている

この点,一般的に,競売で落札した場合の代金納付の資金として融資を利用するニーズは多いです。
以前は所有権移転と同時の抵当権設定,ができませんでした。
これが,平成10年の民事執行法の改正により,競売でも同時担保設定が可能となりました。
※民事執行法82条2項

(3)配当予定額を控除した金額の納付で済む;差引納付の申出

しかし,債権者が落札した場合に,一時的な資金調達→つなぎ融資利用,というのは不合理です。
時間・費用のコスト,審査リスクなどの負担は本質的な必要性はありません。
一時的とは言え,代金全額をキャッシュで調達することは一定のハードルとなるのです。
そこで,代金(落札額)と配当額の差額のみを納付すればよい,という制度があります。
差引納付と呼んでいます(民事執行法78条4項,188条)。
この場合,差引納付の申出書を執行裁判所に提出しなくてはなりません。

共有物分割における形式的競売において,共有者の1人が落札した場合の代金納付については別に説明しています。
詳しくはこちら|形式的競売における差引納付の適用(否定)・融資による代金納付(担保権設定)

2 差引納付の申出ができる者は配当を受ける者

不動産の競売手続において,差引納付の申出が認められる者は次のように規定されています。

差引納付の申出ができる者>

配当弁済を受けるべき債権者
※民事執行法78条4項

『売却代金から債権の回収ができるとされている債権者』として規定されています(民事執行法84条1,2項)。
配当・弁済を受ける者,の具体的な内容は,民事執行法87条1号各号に規定されています。
原則として,配当・弁済を受ける者であれば,差引納付の申出ができます。

<『配当等を受ける債権者』の範囲>

ア 差押債権者イ 配当要求を行った債権者ウ 差押登記前に登記を行った仮差押債権者エ 差押登記前に登記を行った先取特権,質権,抵当権者

3 仮差押債権者など供託がなされる予定の者は差引納付を利用できない

(1)仮差押債権者等は配当として現実の支払はなされない

不動産競売において,仮差押債権者は,実際の配当は受けられません。
執行力が不完全だからです。

(2)仮差押債権者等には供託がなされる

そこで,配当自体ではなく,暫定的に配当金をプールしておく,ことになります。
具体的には法務局に供託がなされます(民事執行法91条)。
後で,債務名義を取得した場合には,供託金を受け取れるようになるのです。

(3)配当が供託として行なわれる対象

配当の中で,現実の支払ではないものは次のとおりです。

<競売手続の配当;現実の支払がなされないもの>

・条件付きの債権
・仮差押の被保全債権

(4)現実の支払対象者ではない場合,差引納付の申出はできない

このような債権の債権者は,差引納付は利用できません。
(落札の)代金と配当が相殺できる状態ではないので,当然ではあります。

4 物上保証人剰余金受領者は,差引納付を利用できない

<事例設定>

私はある友人の債務のために,私所有の不動産に担保を設定した
競売が申し立てられてしまった
不動産の価値は約1億円,貸付金(被担保債権額)は1000万円である
私自身が1億円で落札した場合,私には9000万円が戻ることになる
ということは,1000万円だけを納付すれば良いのか

(1)物上保証人は競売の代金のうち剰余金を受領する

物上保証人は,競売の際,剰余金を受領する立場にあります。
この事例では,次のようなフローとなります。

<代金の配当等の処理>

債権者に1000万円の弁済金が交付される

残りの9000万円は所有者(物上保証人)に剰余金として交付される
※実際には,競売の手続費用も控除されますが,ここでは省略します。

(2)実質的には差引納付が適するが,規定上できない

以上のような金銭の流れを考えると,所有者自身が落札した場合,差額である1000万円だけを納付すれば良いということになります。
しかし,民事執行法のルール上,差引納付の申出ができる者は,『配当金,弁済金の受領者』とされています。
『剰余金』の受領者は記載されていません(民事執行法78条4項)。
そこで,剰余金の受領者については差引納付は利用できないこととされています。
実際に,東京地裁民事執行センターでは,このような相殺的扱いはされていません。

5 配当異議がなされると差引納付はできなくなる

(1)配当に対する不服申立として配当異議がある

配当について,不服がある債権者は異議を出すことができます。
これを配当異議と呼んでいます。

(2)配当異議により差引納付は妨害される

配当異議が出された場合は,差引納付の申出がされていても,差引納付が利用できないこともあります。

配当異議による差引納付禁止>

異議の内容と抵触する範囲で,現実の金銭の納付が必要となる
※民事執行法78条4項但書

異議の内容が,差引納付申出者配当がゼロとなるものであれば,結果的に落札代金の全額について金銭で納付する必要がある,ということになります。
なお,配当金ではなく弁済金の交付がなされる場合については,この制度(現実の金銭の納付)は適用されません。
つまり,『債権者が1名または債権者が複数だけど債権額より代金が大きい』(=競合)の場合に配当異議が可能なのです(民事執行法84条2項)。
競合がない場合は,異議の審査の結果によって弁済金の金額変わる,ということにはなりません。
そのため,配当異議の対象外です。
『配当異議のために差引納付が妨害される』ということは生じないのです。

(3)競合配当異議差引納付が妨害される可能性の関係

競合配当異議差引納付妨害可能性の関係;まとめ>

競合の有無 金銭交付の種類 配当異議の可否 差引納付の妨害の有無
あり 配当金
なし 弁済金

6 配当異議差引納付ができない,という場合,1週間で資金調達が必要となる

<事例設定>

競売において,配当予定の債権者である
入札し,差引納付の申出をした
その後,配当異議が出されて,現実の金銭の納付が必要になった
至急,資金調達をしている
いつまでに納付すれば良いのか

配当異議によって差引納付が認められなくなった場合,急遽資金調達をする必要が生じます。
この期限は配当期日から1週間以内と明確に規定されています。
納付が間に合わないと売却不許可となってしまいます。
なお,平成16年の民事執行法改正以前は『直ちに』と規定されていました。
実務上,期限は2,3日後,とされることが多かったです。
ちょっとこの日数はタイト過ぎ,また,ルールとしても不明確であったので,平成16年の民事執行法の改正により『1週間』と明記されるに至りました。

<参考情報>

民事執行の実務 不動産執行編〈上〉
東京地方裁判所民事執行センター実務研究会 (著)
p352〜

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